ドクタープロフィール

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理事長プロフィール

医療法人社団アップル歯科クリニック

理事長

吉見 哲朗

略歴

1999年
国立徳島大学卒、医療法人社団 歯友会 赤羽歯科 池袋病院勤務
2003年
うしじま歯科医院勤務(神戸)
2004年
アップル歯科クリニック 開設
2006年6月
アップル歯科 移転・リニューアルオープン
2010年5月
医療法人社団アップル歯科クリニック 理事長就任
2014年10月
加古川アップル歯科 開院

所属学会

  • 日本口腔インプラント学会
  • 日本臨床歯周病学会
  • ICOI インプラント学会 ※1
    • 2006年 2月 認定医取得
    • 2010年 8月 専門医取得
    • 2011年 10月 指導医取得
  • IPOI インプラント学会
  • 顎咬合学会
  • 臨床研修指導医
  • OJ(オッセオインテグレイション・スタディクラブ・オブ・ジャパン)正会員

※1
ICOI国際口腔インプラント学会
「ICOI」とは、アメリカを中心に全世界で活動しているインプラントの専門学会で、日本には約200人の認定医が存在します。

食を通じて健康でHappyな生活が出来る。

皆様にそんな ~ Happy Life ~ を送る、お手伝いをさせて頂きたいと思います。

StudyGroup

  • 臨床歯科を語る会(東京)会員
  • NEXTデンタルグループ
  • デンタルコンセプト21
  • ISO(International Soceity of Osseointegration)
  • 大阪SJCD(Society of Japan Clinical Dentistry)
  • JACID(The Japan Association of Clinical Implant Dentistry)

ライセンス・セミナー

  • ブローネマルク インプラント アドバンス コース
  • Dr.マロのオールオン 4コース
  • LSIイングリッシュスタディー 取得
  • バイオメンド(GTR法) 取得
  • フリアリット2インプラント取得
  • [インプラント] ストローマン インプラント 取得
  • [インプラント] POIインプラント 取得
  • [インプラント] アストラテックインプラント取得
  • メデントインストラクターコース取得
  • ホワイトニングセミナー取得
  • ミニ・インプラント取得
  • CHP ヘルスプロモーション リーダーズミーティング
  • 咬合育成ゼミ
  • GTR、GBRセミナー
  • [インプラント] ブローネンマルクインプラント取得
  • JMM インプラントマスターコース
  • [インプラント] ディアルトップインプラント取得
  • [矯正] ディップ・エッジ・フォローコース
  • [矯正] ローフリクション・ベーシック・アドバンスコース
  • [インプラント] JSOI(日本口腔インプラント学会)インプラント100時間コース
  • 日本顎咬合学会 「咬み合わせ認定医」
  • [インプラント] ニューヨーク大学CDE(Continuing Dental Education)インプラントプログラム卒業
  • SJCDレギュラーコース受講(×2)
  • AACD受講
  • Dr.Khayato インプラント研修会(フランス・パリ)終了
  • The 15th ICOI国際口腔インプラント学会 Asia Pacific Section Congress(ベトナム・ホーチミン)

メディア掲載

2011年12月
2012年度版日本の歯科100選
2011年11月
サンテレビ「キラリけいざい」歯の矯正治療について
2011年10月
サンテレビ「キラリけいざい」歯科医院におけるカウンセリングの重要性
2011年9月
サンテレビ「キラリけいざい」歯が抜けた後の治療法
2011年8月
サンテレビ「キラリけいざい」歯医者の無痛治療
2011年7月
サンテレビ「キラリけいざい」歯周病と咬み合わせ
2011年6月
サンテレビ「キラリけいざい」歯周病と予防について
2011年7月
「本当に怖い歯周病 その予防と治療」
2011年7月
婦人公論「先進医療レポート」Goo Dr
2011年1月
関西Waker「デンタルビューティ相談室」
2010年12月
サンテレビ「ひるカフェ」歯周病と咬み合せについて
2010年11月
国際学会誌ICOI World News

モットー

  • 笑いとコミュニケーションのある診療
  • 歯の予防
  • 治療技術の向上

食を通じて健康でHappyな生活が出来る、
皆様にそんな ~ Happy Life ~ を送る、お手伝いをさせて頂きたいと思います。

趣味

  • 子供と遊ぶ
  • スノーボード
  • ドライブ
  • スイミング
  • サイクリング
  • トライアスロン

理事長の生い立ち

両親と子供時代

まずは両親からの影響を一番たくさん受けた子供時代から。1974年10月、丹波の山奥で私は生まれました。

そこはマツタケや枝豆のおいしい山陰ならではのところです。私の父親は自営業をしており職人気質な人で、いつも自分ひとりで仕事をがんばっていました。つらいときも体の調子が悪いときも弱音を吐かず夜遅くまで働いていた父のことは、子供ながらも良く覚えています。また、自分ら兄弟のしつけは一般的にはかなり厳しかったようですね。(後で知ったことですが。)例えば間違ったことやふざけたことをすると、4~5歳の頃でも外にある物置に入れられたりしました。それは今でもトラウマなぐらい恐い記憶として残っています。ゲンコツで叱られることも数多くあったので、子供のころは心底父親の存在を「怖い!」と思っていました。

幼少期

それに対して母親は、コツコツマイペースで仕事をするタイプで、来年60歳の定年まで近所の工場で事務をしています。本当に父とは対照的なので、小さい頃はしかられた自分をフォローしてくれていました。きっと父親の豪快な教育のバランスをとってくれる役目をしてくれていたんだろうな、と思います。ただ教育に関しては両親ともに、前向きで自分のプラスになるための勉強・体験に関してはなんでも「行ってこい!」と送り出させてもらっていたように思います。こんな環境で育ててくれた両親に今でもとても感謝しています。

小学生時代

そして小学生になりました。

このころからクラスで一番小さかった自分は、元気がとりえのどこにでもいる少年でした。 サッカーと友達と遊ぶことが大好きで、足も速かったのです。もしもこの頃の自分に「小学校で一番いい思い出は?」と聞けたら、「リレーの代表に選ばれたこと!」と即答するのではないかと思います。またこの時期はラジオ体操や夏休みの水泳、冬のマラソンなどとにかく頑張って記録を出すことに楽しみを感じていました。きっとこの頃から、頑張ることや努力することの楽しさがやみつきになって、好きになっていったのでしょう。

中学時代

中学に入りそんな一生懸命さだけがとりえの自分も、とうとう少しひねくれてきました。かわいい純粋な小学生から、部活も勉強もいかにラクをして楽しく過ごすか、だけを毎日考えて過ごす中学生に大変身です。「部活は全員入らないといけない」というルールなのに、大好きなサッカー部はなく・・・そこで練習がきつくなさそうな卓球部を選んでしまうという有様でした。

その時は正直かなり後悔しました。しかしなんとしたことか、まさにそのクラブが・・・バリバリと練習のかなり厳しいクラブだったのです。厳しいといっても、自分はわりと器用な方だったので、最初はある程度の練習でそこそこの結果が出ていました。しかし、そこでもひねくれた自分は調子に乗ってしまい、部活をサボることばかりを考えていました。当然最後の夏にはレギュラーもはずされ、今まで負けたことのない地道に努力してきた選手にも負けてしまうようなことがありました。今思えば当然の結果ですね。 もともと負けず嫌いの自分は、楽しくも充実もしなかったこの三年間をすごく後悔しました。しかしここでぐれることのできない小心者の自分は・・・「やっぱり努力や頑張りがないと本当に辛い時間になってしまうのだ」ということに気付かされたのでした。 しかし今思えばですが、この反省の時期があったことも現在の自分を作るうえでは基礎になっているかもしれません。貴重な経験をつませてもらっていた時期なのだと解釈しています。

高校時代

こんな風に中学を卒業し、「次こそは!」と思っていた自分には、高校に入るとまた辛いことが起こってしまいました。

自分の実力以上に背伸びした高校に入り、入学したはじめのテストではなんと全員の中で下から二位!いわゆる「ブービー賞」です。きっと今までの自分なら、そこであきらめて勉強をしなくなっていたでしょう。しかしこの時は違いました。「もう中学の二の舞にはなりたくない!」という気持ちでいっぱいだったのです。ここからはまるで中学校の三年間を埋めるように、人の何倍も勉強したのです。

その結果、中学の頃に覚えたスキー以外はほとんど遊ぶこともせず、楽しい高校生活を送ることもなくほとんどの時間を勉強や努力することに費やしました。毎日勉強したといっても最初の一年間はそれほど結果も出ず、頑張っているのに結果が出ないという現実に正直あせりもありました。しかし二年目、三年目と続けることによってゆっくりではありますが結果がついてきたのです。そして同時にこの頃からぐらいでしょうか。「目標を決めて努力をしてその結果を得る。」というプロセスが楽しくなってきたのです。 ただあまりに勉強一つに集中するあまり、友達と遊びまわったり恋愛ではめをはずして生活したりする、ということはできませんでした。 人生の中で一番良く頑張った時期ではありましたが、楽しみながら生活するということに関してはあまりにもアンバランスな高校生活だったのかもしれません。

そして、あるとき… 運動をした後に歯がしみることがあって2回ほど歯科医院に相談に行ったところ、何の説明も無く神経を取られてしまいました。その神経を取ったところも何度も痛くなり、テスト中に脂汗をかいて臨んだいやな思い出も残っています。もともと手先が器用だったこと、人と接することが好きだったこともあり、それなら自分が歯科医師になって、少しでも歯科を苦手とする人を減らそうと思い、歯学部の門を叩くこととなったのです。

大学生時代

そしてとうとう大学です。大学に入って受験のストレスのたまっていた自分は、「これからは思いっきり自由にしたいことをする!」と考えていました。よくある大学生特有の勉強をサボったりはしていましたが、自分が大事だと思ったことや興味のあることにはかなり集中していました。

今まではろくに社会に出ることもないかったので、同級生に比べて考え方も人生経験も幼かったのですが、「せっかく自由な大学に入ったんだ。今からでも遅くない!こんな自分を変えたい!」とやったことのないことに何でも飛び込んでいったのです。人としゃべるのが苦手だったことから「バーやクラブで働いてしゃべるのが苦手なのを克服したい!」とバイトを始めたり、「英語ができるようになりたい!」といきなり海外に留学を申し込んだり、大好きなスキー部で体育系の中がんばってと充実した生活が送れました。

このような経験をつんでいくにつれ、今まで個人のほうが大事だと思っていた自分も、チームプレイや社会生活をするようになりました。そして徐々に礼儀を知り、『周囲の人と一緒に何かを成し遂げる』ということが楽しくなってきたのです。それでもこのころは、まだ自分が相手に何かをしてもらうことばっかりを考えていました。しかし自分が社会人になってから、「自分が周囲の人にどれだけ役に立てるかが大事なのだ」ということを教えてもらったのです。

歯科医師になって

歯科医師になってからの自分はとにかく一人前になろうと勉強しました。休みの日にはセミナー、診療後には残ってカルテのチェックや新しい治療の勉強等々… 熱い歯科医師として日々がんばっていました。しかし実際は自分の気持ちに応えてくれる人もおられますが、共感していただけず一緒に治療を進めることが出来ない方もおり、自分としてはこんなに頑張っているのにどうして分かっていただけないのだろう日々あくせくもがいていたように思います。

そんなある日見学に行った先で、自分とは全く違うレベルで対話し、二人三脚一人ひとりのペースに合わせた治療を行っている先生がおられ、自分の悩みを相談したところ、目からうろこが落ちるような言葉をいただきました。「人に話をする前に、相手の話をどれだけ聞けているのか。」私は今まで自分の思いだけをぶつけ、相手の話に耳を傾けていなかったことを恥ずかしく思いました。相手があっての医療、そこに目覚めてからは、まず相手の望み、願望、そして望んでいないことを徹底的に聞き出すことからはじめました。さらにいつも診療していて思っていたことが、予防をすれば治療よりも何十倍も楽で、早く簡単に一人ひとりのお口の健康を守ることが出来るということです。しかし、今までの日本の歯科医療は、痛くなったら治療をするという悪循環が戦後40年間も続いていたのです。平均寿命世界一の素晴らしい記録を持つ日本も、歯に関しては決して長くないというジレンマがあり、それを少しずつでも良いから予防にシフトしてゆこう、そして80歳になってもいつまでも自分の歯で食事が出来る、食を通じて健康でHappyな生活が出来る、そんな歯科医師になりたくてアップル歯科を開設したのです。

歯科医師になって考え始めたこと

  1. 常に新しい治療の技術、設備で明石の治療技術を向上すること。
  2. 30年後でも役に立てられるデータを蓄積し、一生涯を通じて一人ひとりの変化を追っていけるホームドクターを目指す。
  3. 互いにしっかり時間を取ってカウンセリングを行い、一人ひとりに合ったその時の最高の選択を考えられるようコミュニケーションをとる。
  4. 互いの時間を最大限に生かすための、「予約待ち時間の無い」アポイントシステムの構築。
  5. 一人ひとりが楽しんで来院していただける、歯科医院らしくない歯科医院づくり。
  6. 一流のお店で感じられるようなサービスの提供。
  7. 患者様、医院スタッフ、関係業者様の全てが幸せになれる医院づくり。
  8. 痛に配慮し、削らない、抜かない、ストレスの少ない治療、笑顔と優しさ溢れる対応

こんな事を考えながら、今日に至るまで日々の診療を行ってきました。

歯科医師になって

そうこうしている間に、月日が過ぎるのは早いもので、私も40歳を過ぎてしまいました。歯科医師になり、アップル歯科の院長となってからも、常に週末は学術・歯科関連のセミナーに参加し、家庭を顧みず仕事一筋でやってきたと思います。
もちろん、今でも勉強は大切ですし可能な限りセミナーには参加していますが、最近では「家族との時間を大切にする」「自分の時間を持つ」ことを心がけています。

休みの日は出来る限り家族と過ごし、子供の習い事や一緒に遊びに行くことが、人としての成長に繋がると今は考えています。

また、歯医者の最大の敵は糖尿病であるといわれているように、体のコンディショニングも考えないといけない年齢でもあります。そこで40歳を前にしてはじめたのがトライアスロンです。
元々、体を動かすのは好きでしたので、勤務医時代は水泳をやっていましたし、バイク(自転車)も好きで時間があれば乗ってはいましたし、出勤(須磨から大久保)に使うこともありました。
競技として「トライアスロン」に出たのは、知人の影響と競技に出ることによってモチベーションを上げるためでしたが、大会に出てみて気づいたのは、体を動かすことによる喜びと、限界に挑戦することの楽しさでした。
一つの競技に留まらず、3種類あるのも飽きっぽい自分には性分に合っていたようで、現在ではすっかり趣味として定着し、年間いくつかの大会にエントリーしています。
これからの10年間は、仕事のみならず趣味や家庭における自分も磨き、人間としての厚みを少しでも付けていきたいと考えています。
また、医者の不養生とはよく言いますが、そうならないよう心身のバランスを保ち、末長く診療に携われるよう心がけております。

ドクタープロフィール【歯科医師 今井佑輔】

院長 今井祐輔のプロフィール

患者様一人ひとりのお口の中を健康にし、それを長く保たせる事で地域医療に貢献し、社会貢献します。

経歴

2010年3月
公立九州歯科大学歯学部卒
2010年3月
神戸大学医学部付属病院 歯科口腔外科 勤務
2011年3月
神戸大学医学部医学研究科大学院 入学
2015年4月
アップル歯科クリニック 勤務

論文

  • Imai Y. The osteogenic activity of human mandibular fracture haematoma-derived progenitor cells is affected by bisphosphonate in vitro. Int J Oral Maxillofac Surg. 2015 ;44:412-6.
  • Imai Y. Evaluation and comparison of CT values in bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaw. J Oral Maxillofac Surg Med Pathol, 2015. (in press)
  • Imai Y. The osteogenic activity of human mandibular fracture haematoma-derived cells is stimulated by low-intensity pulsed ultrasound in vitro. Int J Oral Maxillofac Surg. 2014 ;43:367-72.
  • ゾレドロネート反復投与による創傷治癒遅延の予防,治療法に関する研究 (第21回(平成25年度) 公益財団法人骨粗鬆症財団 研究助成に関する成果報告)

講演・発表

  • 上顎歯肉癌術後に骨転移を疑った胸鎖関節炎の1 例.第 65 回日本口腔科学会学術集会,東京,4 月
  • 下顎骨骨折血腫由来細胞の骨分化能に対する低出力超音波パルス(LIPUS)の効果.第57回日本口腔外科学会総会,2012
  • 下顎骨骨折血腫由来細胞の骨分化能に対するBP製剤の効果.第58回日本口腔外科学会総会,2013/10
  • 広範囲顎骨支持型インプラント 顎顔面インプラント学会総会、鳥取

ライセンス

  • 歯科医師免許
  • 医学博士
  • 日本口腔外科学会 認定医
  • 歯科エックス線優良医

所属学会・セミナー

  • 日本口腔外科学会
  • 日本歯科放射線学会
  • 顎顔面インプラント学会
  • SJCD ベーシックコース 終了
  • SJCD エンドコース 終了

趣味

  • 釣り、テニス、ドライブ、映画鑑賞、音楽鑑賞

専門

  • 口腔外科、障害者歯科

Dr.今井の生い立ち

幼少期

3人兄弟の長男として大阪に生まれました。2つ下の妹とよく似ていて、兄弟いつも一緒に仲良くしていてよく間違えられていました。
子供のころは食べ物の好嫌いが多く、嫌いなものもたくさんありました。しかし、昔からイチゴが好きで、嫌いなものをスプーンよそい、スプーンの先にイチゴの切れ端を乗せると釣りの魚のようにためらいもなくパクっと食べてしまっていたようです(笑)
おかげで今は好き嫌いがない子に育ちました。

小学校では、運動も好きで休み時間のドッチボールも大好きでよくやっていました。
プールも、竹馬も一輪車もなんでもチャレンジして遊んでいました。このころから、理科が好きでクラブ活動で科学実験クラブに所属して、ペットボトルロケットをずっと作っていたのを覚えています。
あとはミニ四駆(プラモデル)作りや改造して遊んでいました。機械を分解したりしてよく親に怒られたのを覚えています。
4年生くらいから塾に通うようになり、大好きな算数、理科は成績が伸び、勉強することが楽しくなりましたが、苦手な国語はいつまでたっても苦手なままでした(笑)
頭は完全に理系でした。

小学校

中高一貫の男子校に通っていましたので、恋愛等はまったくなく寂しい思いをしておりましたが、硬式テニスを始めました。
部活でできた友達も一生ものの友達です。中高一貫だったので高2まではほとんど勉強していませんでした。
富士登山も経験し、いろいろなことを学びました。父親が歯科医師をしており、患者さんに感謝されている父を横で見ていて自分の同じようなことがしたいなと思うようになりました。

大学生から研修医、勤務医になるまで

大学は福岡県の歯学部では唯一の公立である九州歯科大学に入学いたしました。初めての一人暮らしを経験し、いろいろ遊びましたが中でも釣りを覚えてハマっていきました。毎日友達と釣り出かけて、川や湖にブラックバスを釣りに、夜は海へ行き、スズキやイカメバルなど様々な魚を釣っていました。一つのことにハマるととことんしないと気が済まなくなりました。歯科に対しても興味を強く持つようになり、理論立てて考えながら治療することに楽しさを覚えていくようになりました。これからの時代、高齢化社会になっていき、全身的な疾患を抱える患者さんが多くなっていくなか、歯科医師の前に医療人としての全身疾患について学びたいという点と外科処置に対して安全に患者さんに治療を受けてもらうためにリスクが高い外科を先に学びたいという思いから、神戸大学医学部付属病院 歯科口腔外科で5年間勉強させていただきました。それと同時に医療への貢献という意味で研究も学びたいと思い大学院にも入学し、博士号をいただけることができました。歯科医師は患者さんにより良い治療を提供することはもちろん、今まだ自分が行ってきた治療に対しフィードバックし正しかったかどうか評価していく必要があります。それを元にもっと良い治療につなげていく必要があります。これらは研究手法を学んだ大学院での知識が大いに生かされると思います。

歯科医師になって

大学病院は大病を患った方が来る場所です。遣り甲斐はありました。しかし私が歯科医師になった理由は病気を待つ医療ではなく、ならない為の医療をする事です。そう考えた時、私がいる場所は大学病院ではなく開業医であり、このアップル歯科だったのです。ここはお口の状態を整え、予防に繋げる歯科医院です。ですから私は大学病院で得た知識や技術をこの医院で活かし、より安全な治療を提供すると共に、診させて頂いた患者様のパートナーとして、今後悪くならないよう予防まで診させて頂く歯科医師を目指します。

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ドクタープロフィール【歯科医師 上田佑香】

副院長 上田のプロフィール

患者様のより良いお口の健康を考え、たくさんの笑顔が生まれるよう努力します。

経歴

  • 2011年 神奈川歯科大学卒業
  • 2012年 神奈川歯科大学付属横浜クリニックにて研修
  • 2013年 アップル歯科クリニック勤務

ライセンス

  • 歯科医師免許
  • 日本顎咬合学会 咬み合わせ認定医

受講コース

  • モリタプラクティスコース
  • 大阪SJCDベーシックコース
  • ストローマンインプラント

趣味

  • ボクシング
  • バドミントン
  • スキューバダイビング

Dr.上田の生い立ち

幼少期

私は2つ上の姉と4つ下の妹の三姉妹の真ん中です。小さい頃からよく遊び、よく食べ、よく眠る子だったそうです。笑うと目がなくなるね、とおじいちゃんおばあちゃんからとても可愛がられていました。

小学生時代

小学生の頃は放課後に教室に残って担任の先生の手伝いをしたり、クラスで飼っている金魚の水槽の掃除をしたりするのが日課でした。この頃から人の役に立つ喜びを知っていたように思います。

幼少期

中学校に入学し、バドミントン部に入部しました。私がなぜバドミントン部に入ったかというと、朝練が無かったからです。仲がいい友達も入部したこともあり、軽い気持ちで入部したのを覚えています。実際の練習は思っていたよりハードで何度も辞めたいと思ったことがありましたが、一度頑張ると決めたことを途中で諦めない強い精神力が身に付きました。

また、バドミントン部でキャプテンを努めることをきっかけに、積極的に学級委員や生徒会でリーダーシップをとるようになりました。

小学生時代

高校でもバドミントンを続け勉強との両立に忙しい毎日が過ぎていきました。しかし、進路を考えるようになったとき、自分がやりたいことは何なのか、就きたい職業は何なのか、とても悩みました。家族が医療系の仕事をしているため医療に携わる仕事がしたいとは思っていましたが、まさか歯科医師になるとは当時は思ってもいませんでした。私が歯科医師を目指すようになったきっかけは受験勉強の真っ只中の時でした。ある日突然親知らずが痛みだし近くの歯医者さんに行くととても丁寧な対応と説明を受けました。その日の出来事を家に帰って家族に話していると、父が「歯医者を目指してはどうだ」と言ったのです。その日から私は進路を変更し歯科大学へ入学することとなりました。

大学時代から歯科医師になるまで

関東の大学に入学したため知らない土地での生活や初めての一人暮らしに不安が大きかったですが、部活に入ったことですぐに仲間ができました。部活は新しいことをやってみようと思っていたのですがバドミントン部の先輩方の人柄に惹かれ中学、高校と続けて来たバドミントンを続けることに決めました。バドミントンでは春夏関東リーグ10連覇の成績も残しました。中学高校ではあまり成績を残せなかった私が大学でメキメキ上達したのも諦めずに続けてきた成果だと感じました。学校生活も毎日新しいことの連続で勉強することが楽しかったです。大学1年の夏頃から知り合いの紹介で歯医者さんでのアルバイトも始めました。6年生まで約5年間続けたアルバイトのおかげで実際の臨床と勉強している内容がリンクして理解を深めることができました。

私が生まれてから歯科医師になるまで家族をはじめ、多くの人々に支えられてきました。また、多くの人との出会いがあったからこそ今の自分があると思います。これからも毎日出会う患者さん一人一人との出会いを大切にしていきたいと思います。そして日々知識や技術を磨き、一人でも多くの患者さんの心に寄り添える歯科医師になりたいと思います。

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明石アップル歯科

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曜日
診療開始 9:30 9:30 9:30 9:30 9:30 9:30
診療終了 18:30 18:30 13:00 18:30 18:30 17:00
特別期間中※ 20:30 20:30 19:00 20:30 20:30 19:00

※2020年5月11日以降、新型コロナウイルス対策として特別延長診療をおこなっております

診療情報

休診日:日曜・祝日
※日曜・祝日診療は下記診療カレンダーをご覧下さい。

診療カレンダー

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