ドクタープロフィール【歯科医師 今井佑輔】

歯科医師 今井佑輔

患者様一人ひとりのお口の中を健康にし、それを長く保たせる事で地域医療に貢献し、社会貢献します。

経歴

2010年3月
公立九州歯科大学歯学部卒
2010年3月
神戸大学医学部付属病院 歯科口腔外科 勤務
2011年3月
神戸大学医学部医学研究科大学院 入学
2015年4月
アップル歯科クリニック 勤務

論文

Imai Y. The osteogenic activity of human mandibular fracture haematoma-derived progenitor cells is affected by bisphosphonate in vitro. Int J Oral Maxillofac Surg. 2015 ;44:412-6.
Imai Y. Evaluation and comparison of CT values in bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaw. J Oral Maxillofac Surg Med Pathol, 2015. (in press)
Imai Y. The osteogenic activity of human mandibular fracture haematoma-derived cells is stimulated by low-intensity pulsed ultrasound in vitro. Int J Oral Maxillofac Surg. 2014 ;43:367-72.
ゾレドロネート反復投与による創傷治癒遅延の予防,治療法に関する研究 (第21回(平成25年度) 公益財団法人骨粗鬆症財団 研究助成に関する成果報告)

講演・発表

上顎歯肉癌術後に骨転移を疑った胸鎖関節炎の1 例.第 65 回日本口腔科学会学術集会,東京,4 月
下顎骨骨折血腫由来細胞の骨分化能に対する低出力超音波パルス(LIPUS)の効果.第57回日本口腔外科学会総会,2012
下顎骨骨折血腫由来細胞の骨分化能に対するBP製剤の効果.第58回日本口腔外科学会総会,2013/10
広範囲顎骨支持型インプラント 顎顔面インプラント学会総会、鳥取

ライセンス

歯科医師免許
医学博士
日本口腔外科学会 認定医
歯科エックス線優良医

所属学会・セミナー

日本口腔外科学会
日本歯科放射線学会
顎顔面インプラント学会
SJCD ベーシックコース 終了
SJCD エンドコース 終了

趣味

釣り、テニス、ドライブ、映画鑑賞、音楽鑑賞

専門

口腔外科、障害者歯科

Dr.今井の生い立ち

幼少期

今井佑輔 幼少期

3人兄弟の長男として大阪に生まれました。2つ下の妹とよく似ていて、兄弟いつも一緒に仲良くしていてよく間違えられていました。
子供のころは食べ物の好嫌いが多く、嫌いなものもたくさんありました。しかし、昔からイチゴが好きで、嫌いなものをスプーンよそい、スプーンの先にイチゴの切れ端を乗せると釣りの魚のようにためらいもなくパクっと食べてしまっていたようです(笑)
おかげで今は好き嫌いがない子に育ちました。

 

小学校

小学校では、運動も好きで休み時間のドッチボールも大好きでよくやっていました。
プールも、竹馬も一輪車もなんでもチャレンジして遊んでいました。このころから、理科が好きでクラブ活動で科学実験クラブに所属して、ペットボトルロケットをずっと作っていたのを覚えています。
あとはミニ四駆(プラモデル)作りや改造して遊んでいました。機械を分解したりしてよく親に怒られたのを覚えています。
4年生くらいから塾に通うようになり、大好きな算数、理科は成績が伸び、勉強することが楽しくなりましたが、苦手な国語はいつまでたっても苦手なままでした(笑)
頭は完全に理系でした。

 

  • 今井佑輔 小学校
  • 今井佑輔 小学校
  • 今井佑輔 小学校

中高時代

今井佑輔 中学校

中高一貫の男子校に通っていましたので、恋愛等はまったくなく寂しい思いをしておりましたが、硬式テニスを始めました。
部活でできた友達も一生ものの友達です。中高一貫だったので高2まではほとんど勉強していませんでした。
富士登山も経験し、いろいろなことを学びました。父親が歯科医師をしており、患者さんに感謝されている父を横で見ていて自分の同じようなことがしたいなと思うようになりました。

 

今井佑輔 高校
今井佑輔 高校

大学生から研修医、勤務医になるまで

大学生から研修医、勤務医になるまで

大学は福岡県の歯学部では唯一の公立である九州歯科大学に入学いたしました。初めての一人暮らしを経験し、いろいろ遊びましたが中でも釣りを覚えてハマっていきました。毎日友達と釣り出かけて、川や湖にブラックバスを釣りに、夜は海へ行き、スズキやイカメバルなど様々な魚を釣っていました。一つのことにハマるととことんしないと気が済まなくなりました。歯科に対しても興味を強く持つようになり、理論立てて考えながら治療することに楽しさを覚えていくようになりました。これからの時代、高齢化社会になっていき、全身的な疾患を抱える患者さんが多くなっていくなか、歯科医師の前に医療人としての全身疾患について学びたいという点と外科処置に対して安全に患者さんに治療を受けてもらうためにリスクが高い外科を先に学びたいという思いから、神戸大学医学部付属病院 歯科口腔外科で5年間勉強させていただきました。それと同時に医療への貢献という意味で研究も学びたいと思い大学院にも入学し、博士号をいただけることができました。歯科医師は患者さんにより良い治療を提供することはもちろん、今まだ自分が行ってきた治療に対しフィードバックし正しかったかどうか評価していく必要があります。それを元にもっと良い治療につなげていく必要があります。これらは研究手法を学んだ大学院での知識が大いに生かされると思います。

歯科医師になって

今井佑輔 アップル

大学病院は大病を患った方が来る場所です。遣り甲斐はありました。しかし私が歯科医師になった理由は病気を待つ医療ではなく、ならない為の医療をする事です。そう考えた時、私がいる場所は大学病院ではなく開業医であり、このアップル歯科だったのです。ここはお口の状態を整え、予防に繋げる歯科医院です。ですから私は大学病院で得た知識や技術をこの医院で活かし、より安全な治療を提供すると共に、診させて頂いた患者様のパートナーとして、今後悪くならないよう予防まで診させて頂く歯科医師を目指します。

 

  • 今井佑輔 アップル
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予約

ドクタープロフィール【歯科医師 森本泰介】

歯科医師 森本泰介

日々成長し、患者様のお口の悩みを解決できるよう、全力で頑張ります。

経歴

2014年3月
大阪歯科大学卒業
2014年4月
大阪歯科大学付属病院にて臨床研修
2014年10月
医療法人社団アップル歯科クリニックにて臨床研修
2015年4月
アップル歯科クリニック勤務

受講コース

GPアカデミーネクスト
大阪SJCDエンドコース

趣味

バスケットボール
スノーボード
読書
買い物
料理(自炊、頑張ってます)

Dr.森本の生い立ち

幼少期

森本泰介 幼少期

本当に小さな頃からよく笑っており、この時からよく食べる子供だったそうです。
私が歯医者になった理由の一つは、「食べる事が大好き」で、食べる事に困っている人の力になりたいと思ったことがきっかけでした。
今思えば、この頃からすでに歯医者への第一歩を踏み出していたのかもしれません。
写真に一緒に写っているのは、私の大好きな祖父です。私はおじいちゃん子ですから、現在の人格はおじいちゃんの影響を強く受けているものだと思っています。

小学校

森本泰介 小学校

この頃からなんとなく書道や水泳、空手などの習い事を始めたりしましたが、何をやってもなかなか長く続けることが出来ず、ダラダラした生活を過ごしていました。
そのせいか身体も強くなく、しょっちゅう風邪をひいていたのを覚えています。そのくせ外で遊ぶのが好きで、活発なのかひ弱なのか、この頃は判断が難しかったと思います。
小学5年生の時、私はなんとなくはじめたバスケットボールの楽しさを覚え、中学受験を控えながらも受験勉強の合間によく公園でボールをついてました。「もうすぐ受験なのにそんなことしてていいの?」などとよく周りからは言われましたが、このときバスケットボールは私にとって良い気分転換になったのではないかと思います。
何でもそうだと思いますが、根を詰めて頑張っているときほど、眠気に襲われたり小さなミスを繰り返したりして、効率の悪くなることはよくあります。そういうときこそ必要なのが生き抜きや気分転換で、それを挟む事によって良い結果が生まれることが世の中には往々にしてあると思っています。
このときは「バスケをしたいだけ」の息抜きでしたが、この経験がきっかけとなり、今でも何かを頑張る時、行き詰った時には気分転換をするという良い習慣を身につけれたと思います。

 

中学校

森本泰介 中学校

そんなこともありながら、無事、中学受験に合格した私は、もちろん大好きなバスケットボール部に入部しようと思いました。
しかしそのときのバスケットボール部には部員がおらず、廃部状態でした。バスケットボール部しか考えていなかった私は、仕方なく帰宅部になるのかなと思っていました。
そんな時、仲のいい友達に誘われて吹奏楽部に見学に行くことになりました。初めて見た吹奏楽の演奏は、迫力があり、トロンボーンやトランペットを構える先輩達の姿は、とても勇ましく、かっこ良く見えたのです。
流されやすい私はすぐに「音楽もいいかな」と思い、気がつけば入部していました。そして気が付けば、たった1年で私は部長になっていました。(笑)
吹奏楽部は何処の学校もそうだと思いますが、部内の結束が強いところが多い部活動だと思います。リズムに合わせ、同調していくことが求められる吹奏楽だからこその特徴だと思います。
ですから、この頃築いた友人関係は、私の人生において大きな存在となっています。今でも仕事の悩みからくだらない相談まで、何でも話せるのはこの頃できた友人たちです。
これも小学校の時のバスケとおなじで「たまたま始めた吹奏楽」が私の人生の糧となったわけですが、とかく私はそういった面において非常に恵まれていたと、今でも思います。

高校

エスカレーター式ではありませんが、中学校と同じ系列の高校に入学した私は、このとき遂に小さな挫折を覚えます。
中学時代、勉強にはそんなに苦労せずとも学年では上位の方だったと思います。しかし、高校で初めて迎えるテストで私は身の程を知るのです。結果は散々で、この先どうしたものかと落ち込んだのを覚えています。
一方で念願のバスケットボール部にも入部することができ、バスケをやっているときだけは勉強のことを忘れ、高校生活を楽しむ事が出来ました。
実は私の実家は歯科医院ということもあり、小さな頃からの決意もあったため、この頃には既に将来は歯科医師になると決めていました。
ですからバスケットボール部に入れたのは嬉しかったのですが、勉強とうまく両立できるのか不安に感じていた時期でもありました。
ところがここでもバスケットボールは私とって良い息抜きとなり、死にものぐるいで勉強を頑張ってはバスケでリフレッシュをしていました。その成果もあってなんとか歯科大学には入学することができ歯医者への第一関門を突破することができたのです。
高校の頃の出会いと言えば、担任の先生との出会いも、私にとっては幸運でした。優等生でも劣等性でもない私は、ひょっとしたら先生にとって「目立たない普通の生徒」だったかもしれません。ですから、先生にとって私はそれほど印象深い生徒ではなかったと思っていました。
ところが卒業式の日、担任の先生にアルバムの後ろに書いていただいた『為せば成る!岐路に立たされた時こそ、ヒトの真価が問われる。とことん悩め!そして、得た答えは必ず正しい。』という一言。
これを見たとき、「自分の頑張りや悩んでいた姿を、先生は見てくれていたんだ」ということに気付き、同時にそれを乗り越えた自分を認めてもらえた気分になり、思わず胸が熱くなりました。
この言葉は、今でも私の心の中の大きな礎となり、悩ましい壁や迷いが生まれたときに、「こういうときこそ自分の真価が問われているんだ。これを乗り越えた先にこそ、自分の望むものがあるんだ」と強く思わせてくれます。

  • 森本泰介 高校
  • 森本泰介 高校
  • 森本泰介 高校

大学

もちろん、入学とほぼ同時にバスケットボール部に入部した私ですが、熱中するあまり勉強がおろそかになり、1・2年生の時には、いくつか単位を落としてしまい、両親にもすごく迷惑をかけてしまいました。
さすがに「これではまずい」と思った私は、3年生の時には心を入れ替え、バスケをやりながらも毎日勉強するようになり、見る見る成績はついてきて、なんとか1・2年の過ちを取り返すことができました。
5年生のころ、病院実習で学んできたことを、実際に患者さんに治療という形で活かせないということに「早く歯科医師免許が欲しい」と、苛立ちを覚えていました。
今思えば、やはり私には歯科医師の血が流れているんだなと改めて思います。
そんなジレンマがさらに自分を勉強に駆り立てるモチベーションにもなり、勉強も部活も充実した大学生活を過ごすことができました。
結果、国家試験にもなんとか一発で合格することができました。

  • 森本泰介 高校
  • 森本泰介 高校
  • 森本泰介 高校

歯科医師になって

最初にも記しましたが、私が歯科医師になりたい!と思った理由というのが、自分が昔から食べることが好きというところから始まります。どんなに嫌なことがあっても食事をしているときは、とても幸せな気持ちになります。『歯が痛い』あるいは歯周病のために歯が抜けてしまい『しっかり咬めなくなった。』そういった患者さんにもう一度、食べる喜びというものを感じさせてあげることができるのは、歯科医師だけです。
ですから私は、そんな素晴らしい職業に就けている私はとても幸運な人間です。これからもっと歯科医師としての喜びを掴む為に、お口の事で困っている多くの方を支えていきたいと思います。

歯でお悩みの皆さん、何でもご相談下さい。その悩みの半分は私が支えます。
『為せば成る!岐路に立たされた時こそ、ヒトの真価が問われる。とことん悩め!そして、得た答えは必ず正しい。』悩みぬいて得た答えはきっと正しいものとなるはずです。
もう一度、食べる喜びを私と一緒に取り戻しましょう!

  • 森本泰介 高校
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ドクタープロフィール【歯科医師 上田佑香】

歯科医師 上田佑香

患者様のより良いお口の健康を考え、たくさんの笑顔が生まれるよう努力します。

経歴

2011年
神奈川歯科大学卒業
2012年
神奈川歯科大学付属横浜クリニックにて研修
2013年
アップル歯科クリニック勤務

ライセンス

歯科医師免許
日本顎咬合学会 咬み合わせ認定医

受講コース

モリタプラクティスコース
大阪SJCDベーシックコース
ストローマンインプラント

趣味

ボクシング
バドミントン
スキューバダイビング

Dr.上田の生い立ち

幼少期

幼少期 上田佑香

私は2つ上の姉と4つ下の妹の三姉妹の真ん中です。 小さい頃からよく遊び、よく食べ、よく眠る子だったそうです。 笑うと目がなくなるね、とおじいちゃんおばあちゃんからとても可愛がられていました。


小学生時代

小学生時代 上田佑香

小学生の頃は放課後に教室に残って担任の先生の手伝いをしたり、クラスで飼っている金魚の水槽の掃除をしたりするのが日課でした。 この頃から人の役に立つ喜びを知っていたように思います。


中学生時代

中学生時代 上田佑香

中学校に入学し、バドミントン部に入部しました。 私がなぜバドミントン部に入ったかというと、朝練が無かったからです。 仲がいい友達も入部したこともあり、軽い気持ちで入部したのを覚えています。 実際の練習は思っていたよりハードで何度も辞めたいと思ったことがありましたが、一度頑張ると決めたことを途中で諦めない強い精神力が身に付きました。

また、バドミントン部でキャプテンを努めることをきっかけに、積極的に学級委員や生徒会でリーダーシップをとるようになりました。

高校時代

高校時代

高校でもバドミントンを続け勉強との両立に忙しい毎日が過ぎていきました。 しかし、進路を考えるようになったとき、自分がやりたいことは何なのか、就きたい職業は何なのか、とても悩みました。 家族が医療系の仕事をしているため医療に携わる仕事がしたいとは思っていましたが、まさか歯科医師になるとは当時は思ってもいませんでした。 私が歯科医師を目指すようになったきっかけは受験勉強の真っ只中の時でした。 ある日突然親知らずが痛みだし近くの歯医者さんに行くととても丁寧な対応と説明を受けました。その日の出来事を家に帰って家族に話していると、父が「歯医者を目指してはどうだ」と言ったのです。 その日から私は進路を変更し歯科大学へ入学することとなりました。

大学時代から歯科医師になるまで

大学時代から歯科医師になるまで

関東の大学に入学したため知らない土地での生活や初めての一人暮らしに不安が大きかったですが、部活に入ったことですぐに仲間ができました。 部活は新しいことをやってみようと思っていたのですがバドミントン部の先輩方の人柄に惹かれ中学、高校と続けて来たバドミントンを続けることに決めました。バドミントンでは春夏関東リーグ10連覇の成績も残しました。中学高校ではあまり成績を残せなかった私が大学でメキメキ上達したのも諦めずに続けてきた成果だと感じました。 学校生活も毎日新しいことの連続で勉強することが楽しかったです。 大学1年の夏頃から知り合いの紹介で歯医者さんでのアルバイトも始めました。 6年生まで約5年間続けたアルバイトのおかげで実際の臨床と勉強している内容がリンクして理解を深めることができました。

私が生まれてから歯科医師になるまで家族をはじめ、多くの人々に支えられてきました。また、多くの人との出会いがあったからこそ今の自分があると思います。これからも毎日出会う患者さん一人一人との出会いを大切にしていきたいと思います。 そして日々知識や技術を磨き、一人でも多くの患者さんの心に寄り添える歯科医師になりたいと思います。

大学時代から歯科医師になるまで
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ドクタープロフィール【歯科医師 粟谷英信】

粟谷英信

経歴

1986年 3月22日生まれ
2010年 国立大阪大学歯学部卒
2010年 滋賀県立成人病センター 歯科口腔外科 勤務
2012年 アップル歯科クリニック 勤務

講演

日本口腔外科学会総会(2011年幕張)
「下顎骨に圧迫吸収を認めたvon Recklinghausen症候群の一例」
滋賀歯学会(2012年大津)
「ピエゾサージェリーが有用であった口腔外科手術の二例」

所属学会・ライセンス・セミナー

日本口腔外科学会
Nobel biocare 「mentor program」修了
ハーバード大学インプラント研修 修了

趣味

野球、ダンス、カードマジック、ワイン

専門

歯科口腔外科

キャラクター

冷静・沈着な判断、類稀な外科知識

歯科医師 粟屋英信

私が歯医者になった理由

私は子供のころから甘い物が大好きで、虫歯になることが多く、歯医者さんの常連でした。
とはいえ幼いころの自分にとって、歯医者は「痛い、怖い、絶対行きたくない」という絶望的な場所。
ところがある日、近くにできた歯医者に行ってみると、先生は優しく、治療も全く痛みがありません。
その日以来、その歯医者さんは自分にとってのスーパーヒーローとなり、
憧れを持った私は、「歯医者になって人の役に立ちたい!」と思い、歯学部への道を歩み始めました。


歯科医師 粟屋英信

大阪大学で学んだ根拠に基づいた「最新最良」医学の大切さ

無事大阪大学の歯学部に入った私は、そこで今後の歯医者人生のテーマとなるEBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づいた最新最良の医学)の
大切さを学びました。簡単にいうと、
どんな症状のどんな患者様にも十分な検討をし、正しい選択をすることが、治療をする上でもっとも大切ということです。

総合病院の口腔外科で学んだ患者を選ばない外科処置

大学卒業後は大きな総合病院の口腔外科で勤務していました。
なぜ口腔外科を選んだかというと、「高齢化社会で全身の病気を持っている人に安全に歯科医療を提供したい」「患者さん怖がる外科処置を、
安全に、素早く、痛くないように提供できるような外科処置を身につけたい」と思ったからです。
実際に口腔外科では腫瘍摘出術などの大きな全身麻酔症例にも執刀していました。


歯科医師 粟屋英信

あらゆる治療を全ての患者様が受けられる歯科医療を目差して

アップル歯科に来たのは、最終的に自分が学び得た技術や知識を、もっと一般の患者様に提供したいという思いがあったからです。
これは敷居の高い総合病院では実現し得ない事実の一つです。
今では、すべての患者様に、より安全で迅速かつ痛くない処置を提供することができると自負しております。安心して処置に臨んでください。
また、小さな虫歯の処置やかぶせ物などの処置に関しても、持ち前の器用さで、きれいに治すことができるのでお任せください。

 



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ドクタープロフィール【歯科医師 津田京子】

ドクタープロフィール

経歴

2005年
九州歯科大学(国公立)卒業
2005年
アップル歯科クリニック勤務

ライセンス

POIインプラント取得
ミニ・インプラント取得
臨床基本ゼミ受講
ジェームススキナー
成功の9ステップ受講
筒井塾咬合療法コース受講
インプラント100時間セミナー受講
明石矯正研修会
歯科医師免許
ホワイトニングセミナー取得
英検2級

趣味

石集め
散歩
水泳
フルートなどなど
Dr.津田京子

 

Dr.津田の生い立ち

幼少期

幼少期
私は、1978年9月10日に、ここ高丘で産まれました。当時、高丘の公団に住んでおり、やさしい母と祖母、やさしいけど厳しい父の愛情をたっぷり受けてすくすくと育ちました。当時の私は、おてんば娘を絵にかいたような子供で、毎日元気に外で遊びまわっていました。それはもう、野性児のように(笑)いろいろな実をとっては食し、ブランコ勝負で近所の男の子を負かし、そして怒られ…。
そんな私の大の苦手、それが歯医者さんでした。治療に連れて行ってもらっても、泣いて暴れて決して口の中を触らせません。いつもしかられて家から追い出されていました。そうこうしているうちに、ついに虫歯が原因で顔がパンパンに…。焦った母は、泣いても暴れても治療をしてくれると噂の歯科医院に私をつれて行きました。その歯医者さんと相性が良かったのか、そこで初めて我慢しながら治療を受けることができるようになりました。そのころからです、患者さんとしての自信がついた私は、なぜか「わたし、おっきくなったらはいしゃさんになる!」と言い出し、幼稚園の卒園アルバムにも、そのように書いたのでした。

小学生時代

小学生時代
小学生になり、おてんばぶりは相変わらずでしたが、いろいろな習い事や、小学校での社会生活で、ある程度の協調性や理性(笑)を身につけました。両親の教育方針で、小学校のうちはとにかく遊べと言われていたので、あまり頑張って勉強をした思い出はありません。よく遊び、よく笑い、子供らしい子供だったと思います。とくに思い出に残っているのは6年生の時にまたま児童委員会という生徒会のようなものに入ることになり、その時の活動です。全校生徒の前でマイクで話す機会が多くなり、緊張しやすかった私ですが、このときの経験でかなり度胸がついたように思います。

 

中学生時代

中学時代
中学生になり、まず父に言われたこと。「自分の夢や目標があるなら、これからは勉強も頑張らないと」
ということです。私は、相変わらず医療系に進みたいと思っていたので、「そうか、頑張らなきゃなー」と納得し、勉強を必死で頑張りました。結果、成績はかなり上がって学年トップ。やればできるんだな、と実感しました。小学生で遊びまわっていた私が、そこまでできたのは、やはり歯医者さんになりたいという夢があったからです。目標を持つことの大切さを感じました。部活でも、ブラスバンドに入り、コンクール出場に向けての練習をみんなで頑張ったり、県大会出場が決まった時のうれしさ、全国大会へは行けなかった悔しさ、いろんな気持ちを仲間と共有できたことは、なにものにも代えられない大切な経験だと思います。

 

高校から予備校生

高校時代
さぁ、高校生になりました。中学生のころ、いわゆるガリ勉ちゃんに近かった私は、高校生活おおいに楽しみました。そして、楽しみ過ぎました…。なんとなく苦手だった数学が完全に苦手科目となり、理系を目指す私にとっては命取り。現役のときには、歯学部無理という状況になってしまったのです。他学部への進学の案も出ましたが、結局、浪人をして予備校に通うことになりました。やはり、歯医者さんが苦手な子供や、大人でも歯医者さん嫌いの人が、安心して通えるような怖くない歯医者さんになる夢が諦められなかったのです。予備校生になった私は、心機一転勉強に集中しました。結果、国公立大学の歯学部に合格することができました。

 

大学生から勤務医になるまで

大学時代
大学生になり、部活や勉強、バイトといろいろなことが楽しく、順風満帆に思えたのですが…3年生の時にいろいろなことが重なって体調を壊し、留年をよぎなくされました。その時、両親に対する申し訳ない思いと、同じ学年の友達に追いていかれてしまうような焦りに押しつぶされそうになりました。そんなときに支えてくれたのが、やはり家族であり仲の良い友達だったように思います。結果的には、留年したことで今でも連絡を取り合う、仲良しの友達との出会いがあったり、人の心の傷みがわかるようになったり、周りの人の優しさに改めて気づくことができたり、まえよりちょっと強くなれたり、これで良かったというのが今の気持ちです。

歯科医師になって

無事、歯科医師になることができた私は、縁あって生まれ育った高丘で働くことができるようになりました。今、本当に幸せです。いろいろな人の助けの中で、歯科医師になることができたということを忘れずに、一人でも多くの患者さまの幸せのお手伝いをさせていただきたいと思います。

歯科医師になって

私はあなたにとって、なんでも話せる、怖くない安心できる歯医者さんです。不安に思うことがあればなんでも気軽にご相談くださいね。よろしくお願いします(^^)



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院長プロフィール

院長 吉見哲朗食を通じて健康でHappyな生活が出来る、
皆様にそんな ~ Happy Life ~ を送る、お手伝いをさせて頂きたいと思います。

経歴

1999年
国立徳島大学卒、医療法人社団 歯友会 赤羽歯科 池袋病院勤務
2003年
うしじま歯科医院勤務(神戸)
2004年
アップル歯科クリニック 開設
2006年6月
アップル歯科 移転・リニューアルオープン

所属学会

日本口腔インプラント学会
日本臨床歯周病学会
ICOI インプラント学会(2006年 2月 認定医取得) ※1
ICOI インプラント学会(2010年 8月 専門医取得) ※1
ICOI インプラント学会(2011年 10月 指導医取得) ※1
IPOI インプラント学会
顎咬合学会
臨床研修指導医
OJ(オッセオインテグレイション・スタディクラブ・オブ・ジャパン)正会員

※1
ICOI国際口腔インプラント学会
「ICOI」とは、アメリカを中心に全世界で活動しているインプラントの専門学会で、日本には約200人の認定医が存在します。

StudyGroup

臨床歯科を語る会(東京)会員
NEXTデンタルグループ
デンタルコンセプト21
ISO(International Soceity of Osseointegration)
大阪SJCD(Society of Japan Clinical Dentistry)
JACID(The Japan Association of Clinical Implant Dentistry)

院長 吉見哲朗

ライセンス・セミナー

ブローネマルク インプラント アドバンス コース
Dr.マロのオールオン 4コース
LSIイングリッシュスタディー 取得
バイオメンド(GTR法) 取得
フリアリット2インプラント取得
[インプラント] ストローマン インプラント 取得
[インプラント] POIインプラント 取得
[インプラント] アストラテックインプラント取得
メデントインストラクターコース取得
ホワイトニングセミナー取得
ミニ・インプラント取得
CHP ヘルスプロモーション リーダーズミーティング
咬合育成ゼミ
GTR、GBRセミナー
[インプラント] ブローネンマルクインプラント取得
JMM インプラントマスターコース
[インプラント] ディアルトップインプラント取得
[矯正] ディップ・エッジ・フォローコース
[矯正] ローフリクション・ベーシック・アドバンスコース
[インプラント] JSOI(日本口腔インプラント学会)インプラント100時間コース
日本顎咬合学会 「咬み合わせ認定医」
[インプラント] ニューヨーク大学CDE(Continuing Dental Education)インプラントプログラム卒業
SJCDレギュラーコース受講(×2)
AACD受講
Dr.Khayato インプラント研修会(フランス・パリ)終了
The 15th ICOI国際口腔インプラント学会 Asia Pacific Section Congress(ベトナム・ホーチミン)

メディア掲載

インプラントで幸せをつかむ人つかめない人

2011年12月
2012年度版日本の歯科100選
2011年11月
サンテレビ「キラリけいざい」歯の矯正治療について
2011年10月
サンテレビ「キラリけいざい」歯科医院におけるカウンセリングの重要性
2011年9月
サンテレビ「キラリけいざい」歯が抜けた後の治療法
2011年8月
サンテレビ「キラリけいざい」歯医者の無痛治療
2011年7月
サンテレビ「キラリけいざい」歯周病と咬み合わせ
2011年6月
サンテレビ「キラリけいざい」歯周病と予防について
2011年7月
「本当に怖い歯周病 その予防と治療」
2011年7月
婦人公論「先進医療レポート」Goo Dr
2011年1月
関西Waker「デンタルビューティ相談室」
2010年12月
サンテレビ「ひるカフェ」歯周病と咬み合せについて
2010年11月
国際学会誌ICOI World News

歯並び矯正で幸せをつかむ人つかめない人

2010年4月
サンテレビ「経済ジャーナル」次世代型歯科医院モデル
2010年7月
週刊朝日Mook「いい歯医者2010」NYUで学ぶ医師
2010年1月
サンテレビ「ひるカフェ」歯の健康ゲスト講師
2009年9月
報知新聞「歯と健康」
2009年8月
インプラント治療なるほどガイド2009
2006年9月
Care & Comunication vol.10
2006年7月
Together vol.143 (コムネット)
2006年3月
国際グラフ

モットー

笑いとコミュニケーションのある診療
歯の予防
治療技術の向上

食を通じて健康でHappyな生活が出来る、
皆様にそんな ~ Happy Life ~ を送る、お手伝いをさせて頂きたいと思います。

経歴

1999年
国立徳島大学卒、
医療法人社団 歯友会 赤羽歯科 池袋病院勤務
2003年
うしじま歯科医院勤務(神戸)
2004年
アップル歯科クリニック 開設
2006年6月
アップル歯科 移転・リニューアルオープン

趣味

子供と遊ぶ
スノーボード
ドライブ
スイミング
サイクリング

 

院長の生い立ち

ここで私の生い立ちを振り返ってみたいと思います。

両親と子供時代

幼少期

まずは両親からの影響を一番たくさん受けた子供時代から。1974年10月、丹波の山奥で私は生まれました。

そこはマツタケや枝豆のおいしい山陰ならではのところです。私の父親は自営業をしており職人気質な人で、いつも自分ひとりで仕事をがんばっていました。つらいときも体の調子が悪いときも弱音を吐かず夜遅くまで働いていた父のことは、子供ながらも良く覚えています。また、自分ら兄弟のしつけは一般的にはかなり厳しかったようですね。(後で知ったことですが。)例えば間違ったことやふざけたことをすると、4~5歳の頃でも外にある物置に入れられたりしました。それは今でもトラウマなぐらい恐い記憶として残っています。ゲンコツで叱られることも数多くあったので、子供のころは心底父親の存在を「怖い!」と思っていました。

幼少期

それに対して母親は、コツコツマイペースで仕事をするタイプで、来年60歳の定年まで近所の工場で事務をしています。本当に父とは対照的なので、小さい頃はしかられた自分をフォローしてくれていました。きっと父親の豪快な教育のバランスをとってくれる役目をしてくれていたんだろうな、と思います。ただ教育に関しては両親ともに、前向きで自分のプラスになるための勉強・体験に関してはなんでも「行ってこい!」と送り出させてもらっていたように思います。こんな環境で育ててくれた両親に今でもとても感謝しています。

小学生時代

小学生

そして次は小学生になりました。

このころからクラスで一番小さかった自分は、元気がとりえのどこにでもいる少年でした。 サッカーと友達と遊ぶことが大好きで、足も速かったのです。もしもこの頃の自分に「小学校で一番いい思い出は?」と聞けたら、「リレーの代表に選ばれたこと!」と即答するのではないかと思います。またこの時期はラジオ体操や夏休みの水泳、冬のマラソンなどとにかく頑張って記録を出すことに楽しみを感じていました。きっとこの頃から、頑張ることや努力することの楽しさがやみつきになって、好きになっていったのでしょう。

中学時代

中学時代

中学に入りそんな一生懸命さだけがとりえの自分も、とうとう少しひねくれてきました。かわいい純粋な小学生から、部活も勉強もいかにラクをして楽しく過ごすか、だけを毎日考えて過ごす中学生に大変身です。「部活は全員入らないといけない」というルールなのに、大好きなサッカー部はなく・・・そこで練習がきつくなさそうな卓球部を選んでしまうという有様でした。

その時は正直かなり後悔しました。しかしなんとしたことか、まさにそのクラブが・・・バリバリと練習のかなり厳しいクラブだったのです。厳しいといっても、自分はわりと器用な方だったので、最初はある程度の練習でそこそこの結果が出ていました。しかし、そこでもひねくれた自分は調子に乗ってしまい、部活をサボることばかりを考えていました。当然最後の夏にはレギュラーもはずされ、今まで負けたことのない地道に努力してきた選手にも負けてしまうようなことがありました。今思えば当然の結果ですね。 もともと負けず嫌いの自分は、楽しくも充実もしなかったこの三年間をすごく後悔しました。しかしここでぐれることのできない小心者の自分は・・・「やっぱり努力や頑張りがないと本当に辛い時間になってしまうのだ」ということに気付かされたのでした。 しかし今思えばですが、この反省の時期があったことも現在の自分を作るうえでは基礎になっているかもしれません。貴重な経験をつませてもらっていた時期なのだと解釈しています。

高校時代

高校時代

こんな風に中学を卒業し、「次こそは!」と思っていた自分には、高校に入るとまた辛いことが起こってしまいました。

自分の実力以上に背伸びした高校に入り、入学したはじめのテストではなんと全員の中で下から二位!いわゆる「ブービー賞」です。きっと今までの自分なら、そこであきらめて勉強をしなくなっていたでしょう。しかしこの時は違いました。「もう中学の二の舞にはなりたくない!」という気持ちでいっぱいだったのです。ここからはまるで中学校の三年間を埋めるように、人の何倍も勉強したのです。

高校時代

その結果、中学の頃に覚えたスキー以外はほとんど遊ぶこともせず、楽しい高校生活を送ることもなくほとんどの時間を勉強や努力することに費やしました。毎日勉強したといっても最初の一年間はそれほど結果も出ず、頑張っているのに結果が出ないという現実に正直あせりもありました。しかし二年目、三年目と続けることによってゆっくりではありますが結果がついてきたのです。そして同時にこの頃からぐらいでしょうか。「目標を決めて努力をしてその結果を得る。」というプロセスが楽しくなってきたのです。 ただあまりに勉強一つに集中するあまり、友達と遊びまわったり恋愛ではめをはずして生活したりする、ということはできませんでした。 人生の中で一番良く頑張った時期ではありましたが、楽しみながら生活するということに関してはあまりにもアンバランスな高校生活だったのかもしれません。

そして、あるとき… 運動をした後に歯がしみることがあって2回ほど歯科医院に相談に行ったところ、何の説明も無く神経を取られてしまいました。その神経を取ったところも何度も痛くなり、テスト中に脂汗をかいて臨んだいやな思い出も残っています。もともと手先が器用だったこと、人と接することが好きだったこともあり、それなら自分が歯科医師になって、少しでも歯科を苦手とする人を減らそうと思い、歯学部の門を叩くこととなったのです。

大学生時代

大学時代

そしてとうとう大学です。大学に入って受験のストレスのたまっていた自分は、「これからは思いっきり自由にしたいことをする!」と考えていました。よくある大学生特有の勉強をサボったりはしていましたが、自分が大事だと思ったことや興味のあることにはかなり集中していました。

今まではろくに社会に出ることもないかったので、同級生に比べて考え方も人生経験も幼かったのですが、「せっかく自由な大学に入ったんだ。今からでも遅くない!こんな自分を変えたい!」とやったことのないことに何でも飛び込んでいったのです。人としゃべるのが苦手だったことから「バーやクラブで働いてしゃべるのが苦手なのを克服したい!」とバイトを始めたり、「英語ができるようになりたい!」といきなり海外に留学を申し込んだり、大好きなスキー部で体育系の中がんばってと充実した生活が送れました。


大学時代

このような経験をつんでいくにつれ、今まで個人のほうが大事だと思っていた自分も、チームプレイや社会生活をするようになりました。そして徐々に礼儀を知り、『周囲の人と一緒に何かを成し遂げる』ということが楽しくなってきたのです。それでもこのころは、まだ自分が相手に何かをしてもらうことばっかりを考えていました。しかし自分が社会人になってから、「自分が周囲の人にどれだけ役に立てるかが大事なのだ」ということを教えてもらったのです。

 

歯科医師になって

歯科医師になってからの自分はとにかく一人前になろうと勉強しました。休みの日にはセミナー、診療後には残ってカルテのチェックや新しい治療の勉強等々… 熱い歯科医師として日々がんばっていました。しかし実際は自分の気持ちに応えてくれる人もおられますが、共感していただけず一緒に治療を進めることが出来ない方もおり、自分としてはこんなに頑張っているのにどうして分かっていただけないのだろう日々あくせくもがいていたように思います。

そんなある日見学に行った先で、自分とは全く違うレベルで対話し、二人三脚一人ひとりのペースに合わせた治療を行っている先生がおられ、自分の悩みを相談したところ、目からうろこが落ちるような言葉をいただきました。「人に話をする前に、相手の話をどれだけ聞けているのか。」私は今まで自分の思いだけをぶつけ、相手の話に耳を傾けていなかったことを恥ずかしく思いました。相手があっての医療、そこに目覚めてからは、まず相手の望み、願望、そして望んでいないことを徹底的に聞き出すことからはじめました。さらにいつも診療していて思っていたことが、予防をすれば治療よりも何十倍も楽で、早く簡単に一人ひとりのお口の健康を守ることが出来るということです。しかし、今までの日本の歯科医療は、痛くなったら治療をするという悪循環が戦後40年間も続いていたのです。平均寿命世界一の素晴らしい記録を持つ日本も、歯に関しては決して長くないというジレンマがあり、それを少しずつでも良いから予防にシフトしてゆこう、そして80歳になってもいつまでも自分の歯で食事が出来る、食を通じて健康でHappyな生活が出来る、そんな歯科医師になりたくてアップル歯科を開設したのです。

歯科医師になって

歯科医師になって、将来に向かって考えたことは、

  • ① 常に最新の技術、設備で明石の治療技術レベルを向上すること。
  • ② 30年後でも役に立てられるデータを蓄積し、一生涯を通じて一人ひとりの変化を追っていけるホームドクターを目指す。
  • ③ 互いにしっかり時間を取ってカウンセリングを行い、一人ひとりに合ったその時の最高の選択を考えられるようコミュニケーションをとる。
  • ④お互いの時間を最大限に生かすための、「予約待ち時間の無い」アポイントシステムの構築。
  • ⑤一人ひとりが楽しんで来院していただける、歯科医院らしくない歯科医院づくり。
  • ⑥一流のお店で感じられるようなサービスの提供。
  • ⑦患者様、医院スタッフ、関係業者様の全てが幸せになれる医院づくり。
  • ⑧痛くない、削らない、抜かない、ストレスの少ない治療、笑顔と優しさ溢れる対応

以上を心がけて、今日に至るまで日々の診療を行ってきました。

40歳を迎えて

そうこうしている間に、月日が過ぎるのは早いもので、私も40歳を過ぎてしまいました。歯科医師になり、アップル歯科の院長となってからも、常に週末は学術・歯科関連のセミナーに参加し、家庭を顧みず仕事一筋でやってきたと思います。
もちろん、今でも勉強は大切ですし可能な限りセミナーには参加していますが、最近では「家族との時間を大切にする」「自分の時間を持つ」ことを心がけています。

休みの日は出来る限り家族と過ごし、子供の習い事や一緒に遊びに行くことが、人としての成長に繋がると今は考えています。

また、歯医者の最大の敵は糖尿病であるといわれているように、体のコンディショニングも考えないといけない年齢でもあります。そこで40歳を前にしてはじめたのがトライアスロンです。
元々、体を動かすのは好きでしたので、勤務医時代は水泳をやっていましたし、バイク(自転車)も好きで時間があれば乗ってはいましたし、出勤(須磨から大久保)に使うこともありました。
競技として「トライアスロン」に出たのは、知人の影響と競技に出ることによってモチベーションを上げるためでしたが、大会に出てみて気づいたのは、体を動かすことによる喜びと、限界に挑戦することの楽しさでした。
一つの競技に留まらず、3種類あるのも飽きっぽい自分には性分に合っていたようで、現在ではすっかり趣味として定着し、年間いくつかの大会にエントリーしています。
これからの10年間は、仕事のみならず趣味や家庭における自分も磨き、人間としての厚みを少しでも付けていきたいと考えています。
また、医者の不養生とはよく言いますが、そうならないよう心身のバランスを保ち、末長く診療に携われるよう心がけております。

ホノルルトライアスロン
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ドクタープロフィール【院長 藤野慎治】

副院長 藤野慎治

【経歴】

2008年
国立徳島大学歯学部卒業
2008年
アップル歯科クリニック勤務
2013年
副院長 就任
2016年
明石院院長就任

【ライセンス】

歯科医師免許
TOEICスコア 800 (英語対応可)
ICOI国際口腔インプラント学会認定医(fellow ship)
日本顎咬合学会 咬み合わせ認定医

【所属学会・スタディーグループ】

LSGP神戸(Logically Successful general Practitioners)神戸 会長
日本口腔インプラント学会 会員
日本顎咬合学会 会員
i6 ファウンダー
SJCD大阪 会員
K’s CLUB 会員

【海外セミナー】

ハーバード大学 (USA) implant esthetic course 終了
ペンシルバニア大学(USA) implant esthetic course 終了
The 14th ICOI国際口腔インプラント学会(china)
Asia Pacific Section Congress参加
The 16th ICOI国際口腔インプラント学会(Taipei)
World Congress参加

【講演】

2011年9月 株式会社 ニシケン
演題:「歯と全身の健康と労働について」
2012年8月 神戸国際会館にて
演題:LSGP神戸「~全顎治療における失活歯へのアプローチとは~」
2013年12月 三宮コンベンションセンター
演題:LSGP神戸「低侵襲治療(MI)を意識したfull mouth reconstruction ~患者の長期的満足を視野に入れた治療の実践~」
2014年10月 日本顎咬合学会 千里ライフサイエンスセンターにて
演題:「フルマウスインプラント治療における計画的治療」
2015年 複数の医療法人にて
演題:「歯科医師が世界一周してみて分かったこと~日本の長所短所を踏まえて~」
2016年 7月 FCDC合同例会 アクロス福岡にて
演題:「咬合崩壊を起こしたⅡ級咬合患者に対して咬合再構成を行った臨床報告」

【国際貢献活動】

2016年 5月 フィリピン バコロドシティ インプラント治療指導および口腔衛生指導

【インプラント】

NOBEL SPEEDY Groovy ハンズオンコース 終了
POIインプラント マスターコース 終了
STRAUMANNデジタルインプラント ハンズオンコース 終了
皆川仁インプラント完全マスターコース受講

【専門】

インプラント治療
根管治療
短期集中治療

【総合治療】

東京 臨床基本ゼミ 終了
大阪 SJCDレギュラーコース 終了
大阪 DEA ベーシックセミナー 終了
博多 AADC anti aging Dentistry course  終了

【根管治療(歯の根の治療)】

SJCD歯内療法 アドバンスコース 終了
DEA 歯内療法コース 終了
根管治療マイクロスコープセミナー(受講)

【審美】

Kerr(東京)ダイレクトボンディング ハンズ オン セミナー終了

【矯正】

舌側矯正 INCOGNITO/iBraces 臨床セミナー 終了

【趣味】

スノーボード(JSBA公認バッヂテスト認可)
弓道(二段)
海外一人旅 英会話

Dr.藤野の生い立ち

幼少期

幼少期

極めて活発な健康優良児でした。毎日暗くなるまで外で走りまわっていました。母親は”このエネルギーを何か別のことに使ってくれたら…”といつも言っていたそうです。(笑)



幼少期

小学生時代

小学校1年生くらいの時から家の近くに英会話教室と公文式の教室ができて、親の思い付きでその両方に通い始めました。公文式では毎日宿題のプリントや問題が難しく、泣きながらいつも算数の問題を解いていました。しかし”自分の学年よりも先の学年の算数を勉強したい”と頑張って小学校6年生までに高校1年生の数学の内容まで勉強することができました。この時から”努力すれば必ず目標は達成できる”ことを学びました。


中学生時代

中学時代

中学校に入ると野球部に入って毎日夜遅くまで練習に明け暮れました。しかも練習の後はチームメイトと買い食いしたりして、家に帰るのが遅くなってしまい、帰っても疲れて勉強せずに寝るだけ。その結果、成績は落ちてしまい、志望校への進学が危ぶまれる結果に…(汗)
この時、”自分のやりたいことだけやって遊んでばっかりではダメだ”ということを学びました。その後は頑張って部活と勉強を両立し、第一志望の高校になんとか合格しました。


高校時代

高校時代

高校で一番びっくりしたのは新入生テストでした。中学校では校内トップ10に入るくらいの成績だったので”高校でもまぁそれくらいいけるだろう”と思って受けた最初のテストの順位はなんと126番。ショックでした。確かにだいたい同じレベルの子ばかりが入ってきている高校なのでよく考えれば当たり前なのですが、このときは本当にショックでした。この時も”絶対に高校でもトップ10に入ってやる”という目標を立てて毎日地道に勉強を頑張って、高校2年生夏には何とかトップ10に入ることができました。この時も目標を持って頑張ることがいかに大切かを学びました。
部活動では弓道部に入り、集中することの大切さを学び、高校総体で入賞し、国体候補にも選ばれました。
進路については、親が医師で、医師や歯科医師の方と接する機会が多く、自分も人を幸せにする仕事に就きたいと思い、歯学部に入学ました。


大学生から勤務医になるまで

大学時代

大学では”自由な時間がたくさんあるのでやりたいことをたくさんしよう”と考え、スキー部に入ってスノーボードをやったり、バンド活動をやってライブCDを作ってみたりといろんなことを経験しました。
特に一番いい経験となったのが一人旅です。主な旅行先は国内では3ヶ月かけて47都道府県全県を野宿~ヒッチハイク~と青春18切符を使って旅しました。(所持金は1万円くらい)
海外はヨーロッパ各国(アイルランド、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー)やアジア各国(中国、韓国、タイ、マレーシア、シンガポール、カンボジア)やオーストラリアをはじめ、多くの国を旅しました。
たくさん旅をしてきた中で、一番の思い出は”行く先々での人との出会い”です。普通に生活していただけでは、交われることのなかったであろう国々の人や、異文化の中で暮らす人との会話は本当に楽しく勉強になります。

  • 藤野慎治 大学時代
  • 藤野慎治 大学時代
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歯科医師になって

こういった経験から私は”出会いがいかに大切か”を学びました。出会いは自分に気づきを与え、成長させてくれます。私は大学病院勤務医時代から、患者さん一人一人の治療に携わることを”出会い”と考え、その出会いを大切にし、貴方に合った最高の治療を提供できるように日々努力します。

  • 藤野慎治 歯科医師
  • 藤野慎治 歯科医師
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今後治療の中で分からないことや、聞いてみたいことがあれば気兼ねなくいつでも何でも聞いてください☆
また、日本国内や海外のいろんな所を旅しているので”~に旅行に行こうと思うんだけど、どう?”とか。旅のアドバイスもできると思うので治療以外のことであっても、何時でも何でも聞いてくださいね!

  • 藤野慎治 歯科医師
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